だーいぶ遅ればせながら…
明けましておめでとうございます。
2012年、みんなが心穏やかに笑顔で暮らせる毎日になって欲しいですね。
日記ならぬ週記以下…な気まぐれブログですが、
今年もよろしくお願いします♪
さて、新年も迎えたところでなんですが、先日の帰国のお話を。
実家を出て初めて一人暮らしをしていた時も、
ココモくんとアメリカに引っ越して来てからも、
私にはいつでも帰れる「地元」という場所があって、
そこには当然のように日向両親と日向姉一家という家族がいて、
それは私にとって普通のこと。
東日本大震災以来、
そのニュースをずっとアメリカから見ていた私。
私の地元は西日本だから離れているし、
Skypeでずっと日向家と普通に話をしてきたけど、
それでも、アメリカにいると東だろうが西だろうが日本は日本。
自分の母国の事として心配なままでいました。
そんな状態で帰り着いた地元では、
日向家総出で駅まで迎えに来てくれていて、
なんとも言えない気持ちになりました。
きっと、
震災の被害を受けた地域出身で、海外に住んでいる人達もいるんだろうな…。
アメリカ在住の人の中にも、
「帰るべき地元」を失ってしまった人たちがいるんだろうな…。
地元に帰っても、
いてくれるはずの家族がいなくなってしまった人もいるんだろうな…。
そう思うと…
在るべき場所があって、
居るべき人たちが居る。
有り難い。
自分の命も、大切な人たちの命も、そこに存在してる建物や植物たちも、
あって当然じゃないんですよね。
よく言われている事だけど、
ちゃんと感じたのは初めてだったかも。
去年は、
震災や、周りの人の大切な家族が天国へ旅立ってしまったり、自分の事でも、
「生と死」について考えさせられる年でした。
いつ何が起こるか分からない。
後悔したくないから、
大切な人をちゃんと大切にしよう。
ありがとう ってちゃんと言おう。
ごめんね ってちゃんと言おう。
大切な人には、優しい心をケチらないでいよう。
2012年。
みんなが心穏やかに笑顔で暮らせる毎日になりますように。
| JALの搭乗時に見えたメッセージです。 |
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3 コメント:
明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今回の日向夏さんの記事…。
本当にその通りだと思います。
去年は2回、日本に帰国したんですが、
大阪なのでいつもと変わらぬ日本だったのです。
12月には東京にも行ったんだけど、
震災直後〜4月下旬くらいまでは節電で真っ暗だった東京も、
12月には通常の明るい東京に戻っていました。
普段と変わらなかった関西も、通常に戻った関東も、
身内や知り合いを亡くされた方はきっといるんですよね…。
在るべき場所があって、居るべき人たちが居る。
これって本当にありがたいことですね。
大切な人をちゃんと大切にしよう。
ありがとう ってちゃんと言おう。
ごめんね ってちゃんと言おう。
大切な人には、優しい心をケチらないでいよう。
私も日向夏さんと同じように思っています。
そして毎日を大切に、しっかりと生きよう…。
そう思っています。
シカゴに行くことが決まった時、日向夏さんに連絡しようかなって思ったの。
だけど、忙しそうかなって思って遠慮しちゃった。
連絡したら良かったですねー。今頃後悔しています。
日向夏さんといろいろお話したかったなぁ〜。
また機会があったら連絡しますね!
いつか、会いたいですね♪
えいと@
本当に今更ですが・・・明けましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いします♪
この記事を読んでうんうんとうなずいちゃいました。
帰れる場所があるって本当に素晴らしいことですよね。
そして愛する人達がいて、いつも支えてくれる・・・
震災後は日常の生活が当たり前のことではなく、
本当はすごく幸せなことなんだって思い知らされました。
以前よりも大切な人にはありがとうって、大好きだよって、
もっと頻繁に言うようになったかも。
大切な人には、優しい心をケチらない。
まさにその通りですよね。
しっかり覚えておかなきゃ〜!
>えいと@さん
こんにちは。
今年もよろしくお願いします。
私も、数ヶ月前には真っ暗だったとは思えないような普通の東京を見てきました。
日本の復興力はすごいな。と思ったり、でも至る所で震災はまだ過去の事にはなっていないと改めて感じさせられるモノに出会ったりしました。
ほんと、今ある幸せを無駄にしないように、毎日しっかり生きないといけないですね。
連絡、考えて下さってたんですねー☆
何だか気を遣わせてしまったようで、すみません。
またそのうち、お会いしたいですね♪
>Queen Sashaさん
改めまして今年もよろしくお願いします。
本当に、帰れる場所があるって幸せなことだなと思います。
震災のニュースで一番最初に見た写真が、津波にのまれて何が何だか分からない状態の気仙沼市の状況でした。
その後も日本とは思えないような状態映像を何度も見たりしたからか、地元に帰り着いていつも通りの道があって、いつも通りの建物があることにホッとしたというか、初めての気持ちになりました。
今に感謝して、大切な人といつでも笑顔でいられるように、優しい気持ちで過ごしたいですね。
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